2017年10月23日月曜日

「律令時代」の測量技術について

■既報の…

玉川上水/三田上水開鑿当時の測量技術について
http://mitaditch.blogspot.jp/2016/11/blog-post.html

(以下「前編」という)のいわば追記ともいえるのですが、少々驚く内容なので、あたらしくアーティクルを起こすことにしました。

■今日…
「講座・日本技術の社会史 第6巻『土木』」日本評論社/1984年・刊
が届いたので、同書所収の

木全敬蔵「測量術」pp.332-344

をさっそく読んでみた。

■同稿では…
かつての、高低差の測量技術について、以下のように解説している。

「 高低差を求める方法は、原理的には、現在の水準測量と同じで、高低差を知りたい二地点にそれぞれに表を立てる。その中間に、二枚の板をT字に打ちつけ、縦板に墨を打って横板の上縁に直交する直線をひいたT定規のようなものをおく。縦線上に釘を打ち、垂球を下げて垂球をつるす糸と、縦線が一致すれば、横板の上縁は水平になる。横板の上縁にそって、表を視準し、横板の上線と同じ高さのところに印をつける。そして、二本の表の印の位置の差が高低差になる。
 以上述べた測量技術は、中国伝来(中国流測量術)のもので、表という測量用のポールと、間縄だけでかなり精度のよい土木測量、地籍測量を行うことができだ…」(p.337下段)


【参考図】


また、
「 直角を作る技術は簡単である。九章算術にピタゴラスの定理の証明がなされていて、辺長が3:4:5になるような三角形を作れば直角三角形になることは、算を学んだ者なら誰でも知っていた。」(同上段)

■では…
こういった技術が、いつの時代まで遡るのかというと、なんと、以下のとおり律令期の「算師」と呼ばれる測量を司る官吏(技官)のいた時代まで遡るようなのである。

「算師は、大学で算を学んで出身した者から任用されたのであろう。大学での算術のテキストには、『孫千・五曹・海鳥・九章・六章・緩衝・三関重差・周髄・九司』の算経が用いられ、なかでも、九章算術が最重要視され、これができない者は、他が出来ても不合格にされた。また、七三一(天平三)年からは、周韓算経を理解できない者は、叙位されず、式部省に留ることが許されるだけである。という制度が加わり、周韓と九章の二算経が必須科目になった 。
 九章算術には、田の面積計算・米と雑穀の換算・按分比例計算・輸送のこと、等々事務官算師に必要な算術のほかに、溝・堤の土工量の計算・ピタゴラスの定理のような技術計算が含まれている…」(p.334)


■この種の技術は…
中世期には公的機関での伝承が途絶えたものの、太閤検地の実施によって、全国規模で測量の需要が高まったために、それまでの間はいわば一子相伝のような形で伝承されていた技術が、中世末から近世初頭にかけて一気に普及したらしい。

■冒頭の…
手法は、前編の「三角定規型水平儀」に比べても、同じ視力/気象条件なら、2倍の範囲の勾配を一気に測れるわけで、後世の人間による線香だの提灯だのといった俗説を一気に吹き飛ばすような、非常に「エレガント」な手法といえよう。

【追記】

前編の「三角定規型水平儀」にも、別のメリットがある。

この方法によれば、表aに一定の高さ(例えば4尺)に目印を付け、水平儀bの側を上下させて表aの目印を視準するようにすれば、表aを単純に垂直に保持しておくだけで、bの側で高低差を割り出すことが可能となる。つまり、表aを保持する者にはさほど高度な技術は不要となり、場合によっては地面に突き刺しておけば済むので、そもそも、人の関与自体が不要となる。


 

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