庭園の南西隅に四阿の跡がある
■この四阿…
地上に残る痕跡から判断する限り、三方に壁があって、略北方向にだけは壁がないという、茶室の露地に設える腰掛待合のような形をしていて、
この四阿は、その形を借りたものかと思っていた。
■しかし…
『猿楽雑記』口絵中の「建物配置図昭和12年頃」なる図
を見ると、この四阿跡(赤丸)の、さらに西に茶室(青丸)があったことがわかる。
■つまり…
ここは、単なる庭園の四阿ではなく、どうやら、この茶室のための待合として設えられたものらしいのである。
この茶室、元テニスコートのあった場所に弓道場とともに作られたということなので(『猿楽雑記』pp.68-69)、この腰掛待合も、昭和に入ってから建てられた可能性が高い。
【参考例】
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天羅山眞盛寺(東京都杉並区)境内 暁雲庵外露地の腰掛待合 参照: https://mitaditch.blogspot.jp/2018/01/blog-post.html |
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